丸平の製材哲学

Philosophy of timber

植物は、動物のようにワンワン、ニャーニャーとは泣きませんから、植物も命を繋いでいる「生き物」であるということを、ともすれば人は忘れてしまいます。しかし、日本列島に住む昔の人は、そもそも「一木一草にも神が宿る」という言葉があるように、植物の命にもその感受性を向けていました。もちろん、植物の命も微生物や菌類や昆虫なども含めて、様々な命のエッセンスを吸収して成り立っています。「命の輪廻」です。
大自然は、様々な生物の「命の輪廻」そのものです。単独の生物の命だけが、他と独立してあるわけではない。人間の命だけが、他の生命よりも優越するということは、「命の輪廻」の思想の中にはありません。
 日本列島に住む昔の人は、そのような「命の輪廻」をよくわきまえていました。たとえば、昔の「里山」の自然と共生した暮らしは、人間が「命の輪廻」の中に入るための作法やわきまえの表現でした。
木を単なる建築の材料=「物」としてのみ見るような考え方は、極めて最近できたもの、「人間の都合」「人間のエゴ」のみを優先した、人間中心主義かもしれません。「命の輪廻」の豊かさに比べて、ちょっとさびしい考え方の様な気がします。
「命の輪廻」は、山の中では、なおさら実感できるものです。人々の暮らしや宗教心が、まだ山と密接な関係を持っていた時代には、ごく自然に「命の輪廻」を暮らしの中でも実感できたのかもしれません。しかし、近代化、工業化、都市化が急速に進行する中で、そのような謙虚な考え方を大切にする環境は、今では多くが失われてしまいました。
 私たち丸平木材は、南三陸の山と一心同体の製材所ですから、山で営まれる豊かな「命の輪廻」をいつも実感することができます。その実感が、弊社の「製材哲学」=創業の精神となって、現在にも生き生きと受け継がれています。

「木精/こだま に感謝する」


という私たちの理念は、私たちの製材哲学をもっとも端的に表現したものです。
山の「命の輪廻」の豊かさが木に宿っている。その生命エネルギーを木精/こだま と呼んで大切にしていきたい。できるだけ、木精を損なわない製材を心がけること。それがシンプルですが最も大切な、私たち丸平の製材哲学です。
そして私たち丸平木材は、南三陸杉の製材を通じて、「命の輪廻」を忘れてしまった現代の暮らしに、今ひとたび、その豊かさをお伝えすることも私たちの大事な使命だと考えているのです。

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