宮脇昭先生 南三陸植樹祭

宮脇昭先生 南三陸植樹祭/「大自然」と人々の暮らしのバランスについて

 

2012年10月14日、南三陸町山の会 と南三陸森林組合の主催で、「鎮守の森」の著者で、全国で植樹運動を展開されておられる、植物生態学者の宮脇昭先生をお迎えして、植樹祭が行われました。弊社、丸平木材も、山の会、森林組合の主要メンバーとして、積極的に参加しました。

宮脇先生の独自の観点/人間の文明と植物

植樹というと、私たちは、つい杉の植樹のような、産業林の維持のための苗木を想像しがちですが、宮脇先生のおっしゃる植樹の趣旨は、人間の文明と自然の関係にまで至る、壮大な思想性に基づくものです。そこで植える苗木は、「潜在自然植生」と呼ばれる、日本列島にもともと生えていた木々たちです。
古来、人間は、森の木を伐り倒し(開墾、開発)畑や田んぼ、牧草地、また、針葉樹の産業林などに変質させてきました。先生の長年のフィールドワークによると、世界中に「潜在自然植生」が残されている場所は、実はほとんどないというくらい、人間の手が加わっているということです。
原始時代から、産業革命以前までは、それでも森林伐採(開墾、開発)は、ゆっくりした速度で推移していましたので、自然環境を根本的に破壊し尽くすほどではなかったのです。しかし、人間が一方的に自然を消費するという方向性がもともと存在していたことは、確かです。
森林の無制限な伐採がピークを迎えたのは、産業革命前期です。蒸気機関が開発されて、産業のあらゆる分野で機械化が進行しましたが、その燃料は当初、木材だったため、莫大な面積の森林が失われました。
日本でも少し遅れた近代化の過程で、山という山の樹木は、すべて富国強兵のための燃料とみなされる時代がありました。奥山のそのまた奥まで、木が伐り倒され、そのあとに金になるということで、杉やヒノキ、赤松などの針葉樹が植えられていったのです。そのスピードは、それまで人類が何万年もかけて伐採してきた森林量を、わずか100年もかけずに切り倒してしまうほどの力です。「近代」とはそのような時代です。
しかし、そんな浪費的なことをしていたのでは、地球環境はもちません。
「持続可能な社会」という言葉は、ものすごい危機感の中で発せられている言葉なのです。つまり、このままでは「持続不可能」ということを表現しているのです。

「鎮守の森」/ 日本人の先祖の精神性、自然観に改めて感銘を受ける

宮脇先生は、植物生態学者ですから、努めて政治的なことや、宗教にまつわることは発言されないで、もっぱら「植物と人間」というテーマで、研究を続けてこられました。
しかし、近著の「鎮守の森」は、日本人の精神性、自然とのかかわりの「作法」について書かれた、素晴らしい著作です。
一般に、ヨーロッパでも中国でも、そもそもその場所の環境に最も適応した、「潜在自然植生」(もともと生えていた植生)を探り当てるのは、非常に難しく、土中の種子などを分析する、考古学的な世界になるそうです。それらの国では、潜在自然植生は「根絶やし」にしてしまったからです。
しかし、日本人の祖先は、「山の神」や「田の神」が依代とする「祠(ほこら)」の周りに、鎮守の森を残していました。鎮守の森は、昔は特にそうですが、むやみに人が入ってはいけない森「禁足の森」だったので、原生林の植生がそのまま残されているのです。
自然を、開発するにしても、少しでもその恩恵に感謝し、恐れ、敬う精神の在り様。それが、「文明の作法」とも呼べるもので、日本人の精神性や素直な信仰を表している事柄だと思います。「里山」が自然のサイクルの中で人間が暮らすための「作法」だとすれば、その原点は「鎮守の森」と日本人の自然への信仰心に裏打ちされたものだということができるかもしれません。
また、それは弊社丸平木材の「木精(こだま)に感謝する」という理念とも共通するものだと感じています。
そんなわけで、日本の「潜在自然植生」は、鎮守の森を調査することで、比較的正確にわかるということなのです。なんと素晴らしいことでしょう。

代表的な「潜在自然植生」タブノキ

写真で、宮脇先生と山主さんが掲げているのが「タブノキ」という、日本の代表的な潜在自然植生の苗木です。クスノキに似た、葉の表面がつやつやした常緑の広葉樹。それを「照葉樹」と呼んでいます。タブノキをメインにして、その周りにも、シラカシ、ウラジロガシ、アカガシ、シロダモ、カクレミノなどの照葉樹が取り巻いて、森を形成します。ここで、宮脇先生の思想と行動や、鎮守の森、潜在自然植生、日本人の精神性などをすべて書き表すことはできません。詳しくは、是非、宮脇昭「鎮守の森」(新潮文庫)
あるいは、宮脇昭「植物と人間」(NHKブックス)などをご参照ください。

丸平木材(製材所)としてのスタンスとバランス

弊社は、先祖が植林してくれた、産業林としての南三陸杉の森林を、できるだけ手間をかけて、大切にし、丹精込めて製材することを心がけている製材所です。しかし、産業林自体が、人間の自然への一方的な消費の表れでもあるという「歴史性」について、シッカリと問題意識を持ち、面と向かっていきたいと考えています。
とはいえ、私たちは、その杉林に息づく「山の生命エネルギー」をどのようにして人の暮らしの中で実感してもらうか?という問題が主要なテーマです。この矛盾に答えを与えてくれるのが、先人が持っていた、山への信仰心(恵みへの感謝と畏怖)だと思います。現代の暮らしの中に、先人の山への信仰心を、新しい形で甦らせること。それが私たちにできる、「文明の作法」だと考えています。

奥山は、潜在自然植生の森の返す。山主さんたちの新しい考え方。

南三陸の森林組合や、山主さんの会(山の会)も、伐採や伐りだし、営林が困難な「峯」(奥山)は、元の自然の木々に返していくということがいいのではないか?という考え方に変わってきています。何でもかんでも杉を植えてしまった、近代の時代とは違い、自然との共生をまず第一に考える時代になったということを、今回の植樹祭を通じて、改めて身体で実感しました。また苗木が大きくなる40年後、子や孫の時代の「希望」の創出だと皆が感じたのです。
それは、食べるもの、暮らし方、その他、人間の都合で、技術を一人歩きさせる時代に「希望」が見いだせないかもしれないという、今私たちが直面している問題ともつながっていくのかもしれません。
今回、宮脇先生とご一緒に、潜在自然植生であり、また、南三陸の町木である「タブノキ」などの苗木を植樹しながら、いろんなことが、繋がってきました。この取り組みを、弊社も継続しながら、日々の製材に生かしていこうと考える次第です。








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